群青色の時間

遥かなるマスター・オブ・ライフ<人生の達人>への道

ザ・ビートルズ、最後の「新曲」

私にとっての神は5人いる。

1人は落語家の桂米朝
残りの4人はザ・ビートルズのメンバーである。

「それを言うならジョージ・マーティンも神やろ」というようなことを言い始めるとキリがないので、そのへんは置いておいてもらいたい。

日本時間2023年11月2日23時、ビートルズの27年ぶりの新曲「Now And Then」が配信で世界同時リリースされた。
ジョン・レノンが1970年代に録音したデモテープ音源を元に、他の3人のメンバーの演奏やボーカルを追加して製作された曲である。

ビートルズ解散後に同様の手法で作られた曲は、今回の「Now And Then」を含めて3曲ある。
これまで、1995年に「Free As A Bird」、1996年に「Real Love」が発表されている。
「Now And Then」も3曲目の新曲としてのリリースを目指して製作に着手されていたものの、当時の技術ではジョンのボーカル部分を綺麗に抽出することができず、完成を断念していた経緯がある。

それから20年以上が経ち、AI技術の進歩によって驚くほどクリアにジョンの歌声が音源から取り出された。
そこに、新たに録ったポール・マッカートニーリンゴ・スターの演奏とボーカル、オーケストラの演奏が加えられた。
ジョージ・ハリスンは2001年に他界したが、上述の1990年代のレコーディングの際の音が今回使用されている。
ポールがジョージを彷彿させるスライドギターを弾いているというのもニクい演出である。

さらに、既存曲の一部をサンプリングしたものなども加えられている模様。
詳しいことはマニアの人達が検証してくれると思うのでおいおい楽しみたい。

ジョンのオリジナルのデモテープにあったメロディの一部が使用されなかったことについて、否定的な意見も出ているようだ。
それは製作側の判断による選択であり、その意図がどういうものだったかということを公表する必要もないし、リスナーは与えられるものをリスペクトとともに受け取るのみだと思っている。
ビートルズくらいになると「プロのファン」みたいな人も多くて面倒なことだが、常に批判的な反応があることもいつも通りのビートルズと言える。

今回、ジョンのボーカルを切り抜くことに成功したのは、上述のとおりAIの力である。
AIの進歩によってもたらされるのは無論好都合なことばかりではない。
悪用をコントロールし切れるのかという点に絶望感すら覚える。
精巧なフェイクも作り出せてしまうAIは、音楽のような創作や表現の世界では危険をはらんでもいる。
しかし、正しく使えばこれまで考えられなかったことを実現できるのだと示してくれたのが、1960年代から新しい世界を切り開き続けてきたビートルズらしいと思う。

「Now And Then」がリリースされた翌日の11月3日、同曲のミュージックビデオの動画が世界同時配信された。
ビートルズドキュメンタリー映画The Beatles: Get Back」も手掛けた映画監督のピーター・ジャクソンによる映像作品である。

CGでジョンとジョージが現在のポールやリンゴと同一画面上で共演するという飛び道具には「やりやがったな(笑)」と思ったが、個人的に素直に受け入れられる。
受け入れられるどころか、いとも簡単に涙腺崩壊。
最後のシーンで、お辞儀をした4人の姿がステージから消え、バックの電飾の「BEATLES」という文字も消灯。
ビートルズマジックはこれでおしまい」と言われているかのような演出があまりにも切ない。

メンバーによって新しいものが作られる、という意味では、ビートルズの作品はこれが最後なのかもしれない。
しかし、ビートルズの伝説はこの世界に存在し続ける。
私に限っても、死ぬまで聴き続けると言い切れる。

1990年代に2曲の新曲が発表された「アンソロジー・プロジェクト」の頃、私は十代後半で、同年代はもちろん周りにビートルズガチ勢の大人の知り合いもほとんどいなかった。
新曲を聴いた他の人の感想は雑誌やファンクラブの会報で時間差で知ることしかできなかった。

しかし今回の新曲発表は全く状況が違った。

ネットとSNSが普及した今は、リアルタイムで世界中のファンの反応を見ることができるのだ。
ビートルズの新曲を世界中のファンが同時に楽しんでいる。
もうそれだけで感動的だった。
まるで「All You Need Is Love」が演奏された「アワ・ワールド(Our World)」の再現のようで、かけがえのない体験だった。
私のようなバンド解散の後に生まれたファンが、リアタイ勢になれた気がした。
本当に感謝しかない。

ありがとう、Fab Four。